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  • 2016.01.04 Monday
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皆さんは乳がんを罹患した際、誰に自分の病気のことを話したのだろう。

パートナー、家族、友人、知人、会社の同僚そして上司、ママ友…
どうしても話したかった人、話さざるを得なかった人。

そして、自分の身の上に起きた不幸を打ち明けて、
どんな反応をもらったのだろう。

慰められた、励まされた、疎遠になった、
傷つけられた、傷つけた、気を遣わせた、気を遣った…

結果、
話してよかった?
話さないで正解だった?


PREメンバーやフラメンバーも考え方は様々で、
「告知されたと同時に、友人にメールを一斉送信した」という人もいるし、
「会社の上司以外には、誰も知らせていない。親にも話していない」という人もいる。

「この人には話さなければ良かった!」という人もいれば、
「なんで早く話してくれなかったの!」と友人に怒られた人もいて、後悔も人それぞれだったな。


さて、わたしのケース。

確固たる病理診断と今後の治療行程が、全幅の信頼を寄せる主治医の山内先生より示され、
乳がん告知後の動揺が収まってからというもの、
わたしはインターネットでたくさんの情報を求めた。
その中でも、乳がんキャンサー自らが語っている闘病ブログから目が離せなかった。

この頃(2010年10月頃)はまだ主人と家族(実家、義実家)にしか病気のことを話していなかった。

『人の口に戸を立てられぬ』

『悪事千里を走る』
どんなに相手が口が堅いと信用していても、心の中でストップがかかる。

万一、自分の病気の噂が広まってしまうと、とても厄介だし、とても困る。
地元関係では、両親や妹に迷惑がかかる可能性があるし、
会社関係では、主人に迷惑がかかる可能性がある(社内結婚なので)。

友人には病気のことを隠しつつ会ったとしても、外見が変わってしまっているし、
近況を聞かれた際に上手く嘘をつけないし、顔にすぐ出てしまうだろうし・・・
女性の勘はかなり鋭いから、多分遠まわしに探られるだろう。
そうなったら、わたしも上手く立ち回れる自信がない。

でも、わたしは自分が乳がんに罹患したことを知ってもらいたかった。
過去に接点がなく、死への恐怖も味わった経験がある自分と対等な立場で、
いろんな情報を共有し、発信ができる誰かに。
独りで悶々としていたり、これから始まる辛い治療に淡々と耐えているだけなのは嫌だったから。
戦友がほしかった。

なので、年齢が近く同じ病理のブログ主さんとは、コメント欄を通じてお話もさせていただいた。
そのコミュニケーションは、自分自身かなりエキサイティングなものだった。
『この日本のどこかで、闘う同士がいる』
そう思うだけで、気持ちを強く持つことができた。

そして、仲良くさせていただいた3人のブログ主さんが、旅立たれた。
ネット上だけの繋がりなので、コメント欄での御悔やみが精一杯。
悲しくて、悲しくて。
主を失い更新されないブログと分かっているのに、何回も見に行ってしまう。
涙が止まらない。
同病というだけで心の深いところで繋がっている感じがしたが、
実際は会ったことがないことに対しての何とも言えぬ違和感と寂寥感をおぼえた。

ネットの繋がりの限界を思い知った。

程なくして(2010年12月頃)必然的とも言うべきかPinkRingを紹介され、
わたしのキャンサーライフが一気に彩られた。
DOC(ドセタキセル)の副作用で熱が38度を越えているのにもかかわらず、
そのワークショップに参加するほどに夢中になった。
そのときは乳がん治療だけを生業としていたので、ほんと生きるのに必死だった。
だから『わたしたちは、がんばるあなたを知っている』
なんて言われたから、もっと頑張ってしまった。


乳がんの闘いかた。
独りで淡々と闘う人もいるだろうし、ネットの繋がりだけで十分な人もいるだろう。
闘わないキャンサーだっているかもしれない。

【乳がん】との闘いは【自分自身】との闘いでもある。
時として徒に、頭の中で根拠もない『死』『再発』『転移』のなどheavyな
目に見えない敵と闘いだしたりする。
そういう意味においては治療後の方がキツい闘いが続く。

独りで闘うことはない。
辛くてリアルの繋がりを求めているなら、わたしたちがいる。
このインターネットを飛び越えて、会いに来てほしい。

ここには主婦も独身女性もいる。

主婦といっても兼業主婦・専業主婦、そして子のいる人・いない人。

そして、皆、乳がんと闘っている同士とはいえ、
その性質やステージ、手術や治療法も人それぞれだ。

『女性の生きかた』は、男性よりも多岐にわたっているし、
ご丁寧にもカテゴリー化されている感があって(最近の女性ファッション誌などひどい有り様)、

しかもそれはお互い相容れない感じで、関係を築く上でなんとも難しいところがあるけれど、
大病を患った功名(?)からなのか、気を遣ったり、歯に衣着せるのもほどほどに、
けっこう本音でぶつかりあい、
みんな素で真情を吐露しているように見受けられる。

皆、良識をわきまえた「大人の女性」だから成り立つ、
この集団の特別性と新鮮さだと誇らしく思う。


余談だが、わたしが自分の病気を打ち明けた友人は、二人。

二人とも大学時代の友人だ。
二人「も」なのか、二人「しか」なのか、捉えかたは人それぞれだと思う。

わたしが二人の友人(A子・Kちゃん)に自分の病気のことを告げたタイミングだが、
A子には、ご主人の仕事の都合で渡米することが決まり、暫く海外赴任の連続になり、
この先ずっと、日本に帰ってこられないかもと連絡を受けたときだった。
出国前に、一緒にランチした際に報告した。
時期はDOC投与中の谷間の調子が良いとき(2011年2月初旬)だった。

Kちゃんは、大震災(2011年3月11日)の直後に電話をもらったときだった。
Kちゃんには当時5ヶ月になる赤ちゃんがいて、ご主人の帰りが我が家のようにいつも遅く、
幼児と二人で、余震や放射能に不安な毎日を過ごしているとのことだった。
当然わたしの近況も聞かれた。
ちょうどその電話を受けたときに、当時の我が家の地域は計画停電が実施されていて、
完全な闇夜の中とても心許なく、しかもFECの副作用で寝込んでいたし、
主人は殆ど家にいないし・・・といろんな不安が募り、つい、電話で報告してしまった。
本当は抗がん剤治療が終わってから、彼女の自宅を訪問したときに、会って直接伝えたかった。
その頃には彼女も「ママ」として育児にも慣れる頃だろうと思っていた。

二人とも普段より冷静な性格なので、静かに最後まで話を聞いてくれて、
「とても悲しい」
「なんて言葉をかけたら良いのか分からない」
「有名な病院にかかっているから安心した」
「辛いと思うけれど、最後までしっかり治療すれば大丈夫」
「自愛してね」
などなど、わたしが想像した通りの優しい言葉をかけてくれた。
病気自体にも興味をもってくれたのか、たくさんの質問が返ってきた。

二人とも、大仰な反応をせず、あまり感情的にならず、
そして、必要以上に気を遣わないでいてくれた。

でも、二人ともわたしの治療スケジュールをしっかり把握してくれていて、
各治療のターム毎に、たくさんの励ましのメールや電話をくれた。
A子は管理栄養士なので、料理や栄養素のアドバイスなどもしてくれた。

『言ってよかった』
心からそう思える二人だ。


Pink Ring Extend フラチーム ちぃ部長
Pink Ring Extend フラチーム公式HPはこちら↓
http://pre-hula.com/

JUGEMテーマ:女性の病気

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